楽-冬講日記(33)

男の脳裏には、楽しかった冬休みの記憶だけが蓄積されています。

子供の頃のクリスマスやお正月から始まって、仕事漬けだった日々、山奥で雪に閉ざされた記憶まで、一様に楽しいものでした。

大掃除や、お年玉や、年賀状など、お手伝いからメインの労働者になり、もらう立場から与える立場になり、山ほど書いていたのが関係者数名だけとのやり取りになり…、いろいろ変わりましたが、晩秋、冬の空気が凛として感じられるようになると、男はウキウキしてくるのでした。

「え?ワシって、あと八年で還暦かいな?」

と、唐突に気づいて驚いた近頃、大人しくなる気も全くなく、今年はどんな雪だるまを作ろうか?とか、豆撒きと恵方巻きはどうしよう?と、やはりウキウキしている己に驚いております。

「人生なるもの、楽しむに如くは莫し」。

もし今夜、わが身がついえても、いい人生だったと悠然と旅立ち、あの世で卑弥呼と語らいたいものだと、思い続けることにしています。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

楽-冬講日記(33)

男の脳裏には、楽しかった冬休みの記憶だけが蓄積されています。

子供の頃のクリスマスやお正月から始まって、仕事漬けだった日々、山奥で雪に閉ざされた記憶まで、一様に楽しいものでした。

大掃除や、お年玉や、年賀状など、お手伝いからメインの労働者になり、もらう立場から与える立場になり、山ほど書いていたのが関係者数名だけとのやり取りになり…、いろいろ変わりましたが、晩秋、冬の空気が凛として感じられるようになると、男はウキウキしてくるのでした。

「え?ワシって、あと八年で還暦かいな?」

と、唐突に気づいて驚いた近頃、大人しくなる気も全くなく、今年はどんな雪だるまを作ろうか?とか、豆撒きと恵方巻きはどうしよう?と、やはりウキウキしている己に驚いております。

「人生なるもの、楽しむに如くは莫し」。

もし今夜、わが身がついえても、いい人生だったと悠然と旅立ち、あの世で卑弥呼と語らいたいものだと、思い続けることにしています。

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鬼-冬講日記(32)

鬼と呼ばれた男がいました。

男が統括する中学入試スタッフは、鬼の軍団と称されました。

年内最終日は、除夜の鐘が鳴り終わるまで授業をしていました。

新年初日は、初日の出とともに授業を始めました。

受験開始ギリギリまで、試験会場で授業していました。

「中学入試は、通さなあかん」、これが口癖でした。

鬼の生徒たちは、奇跡のように合格していきました。

いつしか奇跡を願う生徒たちで、鬼の教室は繁盛しました。

しかしながら、鬼は疑問に思い始めました。

「鬼はいつか、生徒の目前から消える。鬼無き日々の、何たる堕落か!」。

いつのまにか生徒たちは、鬼の眼前を去り、放任されることばかり考えていたのでした。

鬼は鬼であることをやめました。鬼を封印したのです。

最近の生徒たちは、男が鬼であったことを知りません。

数ヶ月に一回、男に鬼が憑依して生徒を叱るときにも、まるで「借りてきた鬼」だと思っています。

男はどこか所在無いものを感じながらも、「これで良かったんだ」と、努めて考えるようにしています。

鬼であろうが、なかろうが、男は生徒の人生が、幸せ多いものとなるよう願っているのですから。

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鬼-冬講日記(32)

鬼と呼ばれた男がいました。

男が統括する中学入試スタッフは、鬼の軍団と称されました。

年内最終日は、除夜の鐘が鳴り終わるまで授業をしていました。

新年初日は、初日の出とともに授業を始めました。

受験開始ギリギリまで、試験会場で授業していました。

「中学入試は、通さなあかん」、これが口癖でした。

鬼の生徒たちは、奇跡のように合格していきました。

いつしか奇跡を願う生徒たちで、鬼の教室は繁盛しました。

しかしながら、鬼は疑問に思い始めました。

「鬼はいつか、生徒の目前から消える。鬼無き日々の、何たる堕落か!」。

いつのまにか生徒たちは、鬼の眼前を去り、放任されることばかり考えていたのでした。

鬼は鬼であることをやめました。鬼を封印したのです。

最近の生徒たちは、男が鬼であったことを知りません。

数ヶ月に一回、男に鬼が憑依して生徒を叱るときにも、まるで「借りてきた鬼」だと思っています。

男はどこか所在無いものを感じながらも、「これで良かったんだ」と、努めて考えるようにしています。

鬼であろうが、なかろうが、男は生徒の人生が、幸せ多いものとなるよう願っているのですから。

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星-冬講日記(31)

星を観ることが好きであります。

真冬の空気が凍りついて、よく澄んでいる今日この頃、星空観察には絶好の季節となりました。

二等星がぼんやり見える程度に汚れた都会の空気は、どうもいただけません。

三等星まで、くっきりはっきり見えなくては…と思い始めますと、グウォーンとZが唸っております。

高畑を南進、高円山わきの通称「高円ライン」から大和高原へ、山添村に数少ない信号機を右折、針を目指します。

途中街灯が途切れたあたりでZを停め、満天の星空には四等星までうっすら見えております。

「今夜は流星群」とか、「仕事区切り、己にご褒美」とか、なんだかんだ理由をつけてはウロウロと。

古代ヤマトの皆々も、きっとこの星空を観ていたのだろうと思いますと、限りないロマンを感じてしまうのです。

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いよいよ1週間後・・・

奈良・高の原教室の飯尾です。

当塾のホームページをご覧いただきありがとうございます。
いよいよ1週間後には大学入試センター試験、中学入試が始まります。
本格的な受験シーズン到来ですね。

冬期講習にご参加いただいている生徒さんは、やはり受験生が多いですが、
さすがにここ最近は目の色が変わって来た様に思います。

こちらも、頑張っている生徒たちに負けない様、
これからも熱い、丁寧な指導を心掛けたいと思います。

本年も宜しくお願い申し上げます。

職-冬講日記(30)

男は仕事を捨てたいと思っていました。重圧に押しつぶされそうになっていたからです。

うまい具合にタイミングをつかんで、男は仕事を捨てました。

全て放り出して、まるっきり違う、全く新しい仕事をしたいと思い、そうしました。

しかし、奇妙なことに気がつきました。

いつのまにか、あの圧殺されそうな仕事に、戻っていこう、戻っていこうとする己がいました。

仕事捨てて三年後、男は仕事に戻ろうとしました。

ところが仕事のほうは、男の身勝手を許してくれませんでした。

男は大変な苦労をして、業界に復帰し、今に至っております。

ごくたまに、男は「引退したい」と思う年になりました。

しかしながら、仕事をできることの喜びが、男を思いとどまらせています。

男はいつまで仕事を続けるつもりなのでしょうか。

もはやおそらく、わからなくなっているのかもしれません。

それでも男は、魂の叫びとでもいうべきものに、今日も突き動かされて、出勤します。

この業界を見渡すと、そこらじゅうにたくさん、掃いて捨てるほどにいる、一人の男として。

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Z-冬講日記(29)

今年も、フェアレディZ、好調であります。

ちょっとアクセルを踏みますと、グウォーンと加速します。爽快です。

もちろん交通法規を遵守しております。Zとともに、無事故・無違反です。

小生大満足なのですが、周辺はけっこうイラついております。

曰く「荷物が積めない」。はい、ゴルフバッグがドカンと入る程度です。

曰く「運転しずらい」。はい、コンパクトカーやファミリーカーではありませんから。

曰く「タイヤ一本からして、コストがかかり過ぎ」。はい、宿命でございます。生きてる限り、ゼニはかかりますので。

笑ってやり過ごしているうちは良いのですが、真面目に論難されると、本当に厄介です。

そんな時は、「まあまあ」なんぞとなだめすかして、助手席に乗せてあげ、グウォーンとエグゾースト響かせ、心地よく疾走しますと、およそ誰もが全てを忘れてくれます。

幼いころから大好きだった車ですから、大切にしたいと思います。

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郷-冬講日記(28)

久しぶりですね。坂上郎女嬢に、唸っていただきましょう。『万葉集』からです

故郷(ふるさと)の 飛鳥はあれど あをによし 奈良の明日香を 見らくしゆしも

奈良ホテルから、道を挟んでほぼ真向いあたり、タイ料理をいただいて、背後の奥山に遊んでおりますと、ここらあたりは平城京の飛鳥だ…と書かれております。何のこっちゃ?と、不思議に思っておりましたが、最近納得いたしました。

明日香の飛鳥寺から、建材を運んできて、元興寺を組み立てた。だから人々は、元興寺界隈に、飛鳥寺と明日香の面影を見たのだと。

郎女嬢も、きっと同じ感覚でいらっしゃったのでしょう。

人は引っ越ししても、引っ越し先に郷を探すものだと。

小生も正月休みを利用して、西三河の郷に少しだけ帰っておりましたが、小生不思議なことに、三河に大和を見ることがありません。大和どころか、磯城(しき)も、磐余(いわれ)も、飛鳥も、添(そふ)も、葛城も、忍海(おしみ)も、普段歩いておりますアチャコチャを、郷に見ることがないのです。

なんでだろう?と、しばし小考、人生の三分の二を関西で過ごしましたから、こちらが小生の郷になってしまったからだろうと、ひとり大きくうなずいてしまいました。

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神-冬講日記(27)

新春早々、神様談義を楽しんでまいりました。

「天孫降臨は、垂直神話の典型でして、大陸系の神様のありようなんです。たとえば新羅の始祖王の生誕説話に、大きな鳥が飛んできて、卵を産み落としていった。そこから皇統が始まった、なんてものがあります」。

「それにも拘らず、日本神話の神様には、南洋系の水平神話もたくさん取り入れられています。オオナムチ(オオクニヌシのことです)と共に葦原中つ国を造ったスクナビコナ(一寸法師のモデルです)は、海の彼方からやってきたとか」。

「倭国の神様と言えば、イザナギ・イザナミから三貴子(アマテラス・ツクヨミ・スザノオ)が、メインストリームと思われがちですが、違うんじゃないかと思うのです。『古事記』(上巻)冒頭に曰く、アメノミナカヌシ(ド真ん中)・カンムスビ(天上神の創造神)・タカミムスビ(地上神の創造神)…ではないのかと」。

「伊勢神宮が本来祀っていました神は、タカミムスビだろうと考えられます。式年遷宮の時に、床下を剥がしますと、木が一本立て差してある…これこそが、タカギノカミ、すなわちタカミムスビであろうと」。

議論は果てることなく延々と続きまして、たいへん楽しいひとときを過ごせました。

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