理数系専門の学習塾 石川数学塾大阪

責任感を持った指導者にあふれる個別指導塾

人はできないから勉強する。

「オギャア!」と生まれたときから、ありとあらゆる勉強ができる人はいません。人はできないからこそ、勉強するのです。恥ずべきことは、「できないこと」では決してありません。「できないままで良い」と卑下(ひげ)することこそが、最も恥ずべきことです。

できるようになろうと思う、それはあたりまえのことである。

およそ「できないままでよい」と思った瞬間(正確には、思い始めて以降、思い続けている間ずっと)、人は堕落(だらく)します。向上心とは、「できないままなんてイヤだ!」、「それは格好悪いことだ」、「できたいと思い、格好よく生きて行きたい」と思うことです。およそ心の底から堕落を容認し、向上心を捨て去ったものがいるでしょうか。身辺の大人の物言いや行動に敏感な子供たちこそ、本来大人の向上心に敏感であり、腐敗堕落を忌むものなのです。

できるようになる道を共に歩む者、彼(彼女)を指導者と呼ぶ。

「先生」には二種類います。「すごい」先生と、「すごくはない」先生です。皆が物怖(ものお)じするような難問を、スイスイと解ける人、きっと「すごい」先生です。逆に解けずに困っている人、きっと「すごくはない」先生です。「すごくはない」人が「すごい」人に勝ることがある?それは詭弁(きべん)に過ぎません。しかし、いかに「すごい」人でも、その「すごさ」を伝える手段を持たず、伝える気概(きがい)をもたなければ、「すごくはない」人と同列、いや、はるかに遅れをとっているかもしれません。「すごい」学者が、学生にとって必ずしも良い先生であるとは限りません。それは、生徒と同じ視点まで降りて、成り上がる気概を伝え、駆け上がる方法を伝授していないからです。

理想は誇り高く屹立(きつりつ)する。

できるようになりたいと思う生徒を、できるようにさせたいと願う指導者が、親身に教えるとき、空理空論でも、絵に描いたモチでも、しょせん戯言(ざれごと)でもない、真の理想が現出します。誰と誰にとっても、人と人なるものは一期一会(いちごいちえ)、その刹那(せつな)に願うるべき最高の師弟関係が築けたら…無上の喜び、ここにあり!と、我々は狂喜します。これは、あまりにハカナい仮初(かりそめ)の夢なのでしょうか?百歩譲って敢えて夢だとしましても、だからこそ凛(りん)として浮世(うきよ)を超越し、古今東西に憚(はばか)らざる理想であると、我々は胸を張りましょう。うしろ指さされても、上等です!全ては、結果をご覧(ろう)じよ!

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