泰然自若-春講日記(8)

小生、受験結果に動じません。

良い結果に狂喜乱舞することもなければ、悪い結果に意気消沈することもありません。

泰然自若としております。

どうでもいいことだから…ではありません。内心、ハラハラドキドキしています。

しかしながら、しょせん一喜一憂と、達観もしています。

なんとならば、人間は一生懸命がんばることしかできないからです。

それで十分?いえいえ、合否の瞬間こそが神の配剤、まさしく勝利の女神の気まぐれなのです。

人間たるもの、なんぼなんぼ頑張っても、神の領域を侵すことはできません。

だからこそ人間として、できうる限りのがんばりを評価したいと思います。

怪力乱神まで思い通りにする、そんな必要は無いと考えるのです。

それゆえ結果に動じません。…が、努力を至宝と評価します。

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学園前教室・杉浦

泰然自若-春講日記(8)

小生、受験結果に動じません。

良い結果に狂喜乱舞することもなければ、悪い結果に意気消沈することもありません。

泰然自若としております。

どうでもいいことだから…ではありません。内心、ハラハラドキドキしています。

しかしながら、しょせん一喜一憂と、達観もしています。

なんとならば、人間は一生懸命がんばることしかできないからです。

それで十分?いえいえ、合否の瞬間こそが神の配剤、まさしく勝利の女神の気まぐれなのです。

人間たるもの、なんぼなんぼ頑張っても、神の領域を侵すことはできません。

だからこそ人間として、できうる限りのがんばりを評価したいと思います。

怪力乱神まで思い通りにする、そんな必要は無いと考えるのです。

それゆえ結果に動じません。…が、努力を至宝と評価します。

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てくてく-春講日記(7)

久しぶりに高取山に登ってきました。高取城跡です。

奥飛鳥・栢森の雌綱横から、ずんずんと進んでいきます。

登りばかりで、下りがありません。比高差400mを、一気に登ります。

崩れた石垣が見えてきたら、もう既に城域です。…が、ここからが長いです(笑)。

さすが、西国監視の拠点、禁裏が武士団を扇動して東国を目指しても、この城をおいそれと通過できませんね。城から一気に下られて、殲滅されます。

かといって、攻めるにしても、登るだけで大変です。

徳川三百年を通して、譜代・植村一族が守りました。

大手道が大きく右カーブ→左カーブで本丸へ。どんな城でも、大手道が曲がるときは、必ずこんな具合です。

なんでかな?…と、ガイドさんを頼むと必ず聞かれます。

ヒントは、弓とか槍とか、およそ武士の武器たるもの、右手を利き腕に扱うことです。

そうですね。大手道を曲がると、攻める側が守備隊に対して、左正面になりますでしょ。これでは武器が使えません。

その間に守備隊が攻撃すると、…こんなわけですね。

ともあれ、明治20年ごろまで、破却もされずに建っていたという高取城、あまりの湿気に自然と朽ち果てたと言われています。

総歩数33000歩、総距離26km、運動不足解消な一日でした。

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春講日記、書いてます!

こんにちは。学園前教室の杉浦です。

春講日記、書き始めました。

季節講習のたびに、気楽に読んでいただけるエッセーをお送りするつもりなのですが、いかんせん、四角四面の脳ミソなものですから、いつも堅苦しくなってしまうのかもしれません。

お叱り覚悟のうえですが、やはり書きたいことを思う存分書くことに如くは無く、ひとえにご寛恕賜りますよう、伏してお願い申し上げます。

…なんと、言い回しが、すでに堅苦しいと!申したハナから、失礼しました。下記にてお会いいたしましょう。

http://blog.livedoor.jp/ishikawasugakujuku/archives/cat_910297.html

春講第一週の記事です。

踏破-春講日記(1)
職人-春講日記(2)
天才-春講日記(3)
S拾遺物語-春講日記(4)
卑弥呼以死-春講日記(5)
続S拾遺物語-春講日記(6)

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学園前教室長・杉浦

続S拾遺物語-春講日記(6)

Sさんの放談会が、快調なようです。今回は銀幕談義だとか。

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Sさん、けっこうな頻度で、映画観てらっしゃるそうじゃないですか?

「そうだな。最近だと、中島みゆき・『橋の下のアルカディア』、広末涼子・『はなちゃんのみそ汁』、佐藤浩市・『起終点駅 ターミナル』あたりかな。」

昔からでしたっけ?

「いや、ゴジラ対メカゴジラから、何十年も観てなかった(笑)。」

邦画ばっかり?

「ちと、河瀬直美さんにハマってな。直近モン、樹木希林・『あん』は、よかったね。『殯(もがり)の森』?『朱花(はねづ)の月』?、ハマり始めたのが、あの頃。宿命とか、輪廻とか、何やら得体の知れんモンが、見え隠れするやろ。元哲学青年にピッタリやね(笑)。」

しばらく遠くの劇場で観てらしたとか。草津って、ほんとですか?

「はい。ほんとです。他意は無いんだが、ワシ、映画観てて、よく泣くんよ。涙と鼻水とヨダレが止まらんくなって、巨大な濁流と化す(笑)。現場見たら、驚くで。恥ずかしいから、まわりじゅう、誰も知り合いのおらんところで観てた。」

意外ですね。ナントカの目にも涙?

「その憎まれ口にも慣れたよ。純真な万年青年と呼んでくれ。」

でも、わかるような気がします。中島みゆきのアルカディアは、Sさんにとっても理想郷でしょ。みそ汁とターミナルは、人情モン、河瀬さんは哲学モン、そう考えると一徹ですね。

「あん」で、ちょっと変わってしまわれたのかな、河瀬さんは。

「そうかもしれん。メジャーベースに乗せて、大衆社会に問う映画やし。むべなるかな。」

歩いて、掘って、読んで、書いて、観て…、Sさん、おつかれさまです。

「好きなことしかしてへんけど(笑)。世の中、好きなことだらけで、最高に幸せやね。感謝!」

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くりかえしますが、あくまでもフィクションです。

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卑弥呼以死-春講日記(5)

「卑弥呼以死 大作冢 徑百餘歩 狥葬者奴碑百餘人」(三国志魏志東夷伝倭人条、いわゆる『魏志倭人伝』)

ずっと気になっていたフレーズであります。こんなふうに書き下します。

「卑弥呼、以って死す。大いなる冢(ちょう)を作る。径、百余歩。殉葬(じゅんそう)さるる者、奴婢(ぬひ)百余人。」

書き下しただけでは、わからないですね。こんな意味です。

「そうしたわけで、卑弥呼が死んだ。大きな古墳を造った。直径が百歩あまりの長さだ。奴隷、百人ほどが殉死させられた。」

謎の女王・卑弥呼が君臨する邪馬台国に、何か重大な事態が惹起して、女王が死んでしまった…と読めます。

重大な出来事とは、男王・卑弥弓呼(ひみくく)に率いられた狗奴国(くなこく)との戦争であったようです。

時は三世紀のほぼド真ん中、吉備(岡山県)をはじめとする瀬戸内勢力に支えられた邪馬台国連合が畿内を制圧し、越(こし・北陸)から伊勢湾岸に防衛線を引いた狗奴国と対峙しました。

邪馬台国に戦局利あらず、魏の皇帝に請うた援軍要請もむなしく、女王は戦死し、瀬戸内勢力は後退したのでしょう。

狗奴国は軍事的に勝利し、邪馬台国連合を牛耳るために、畿内に乗り込みました。政権勢力の交代があるかと思われました。

果たして交代があったのでしょうか、無かったのでしょうか、事実をして語らしめましょう。

三世紀後半、邪馬台国が二代目女王・壹與(いよ)を戴いた時代、狗奴国の墓制である前方後方墳や、伊勢湾岸地域に特徴的なS字口縁脚台付甕が、畿内に爆発的に増えていきます。軍事的に勝利した狗奴国の余勢を感じます。

しかしながら四世紀前半、初期ヤマト王権が採用した墓制は、冨と権力を象徴する巨大な前方後円墳でした。狗奴国の政治的敗北を、感じざるをえません。

もしかすると、政治と祭祀が全く未分化なこの時代にあって、狗奴国は宗教的権威を飾りたてることに、あまりに無頓着であったのかもしれません。

卑弥呼の死を語ることは、「もう一つの邪馬台国」を語ること、小生、そんなロマンに浸りたい今日この頃です。

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S拾遺物語-春講日記(4)

大阪通信80に書きました「Sさん小話」が好評だったそうです。

少し遺漏を拾ってみましょう。舞台はレイの「B」ですね。「ビー」じゃなくて「ベー」のほうです。

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Sさん、学者始めたのも、偶然でしたっけ?

「そうだな。反社会的生活やめて(笑)、お天道様に顔向けし始めたころ。」

たしかお師匠さんのゼミに出かけて、「おい、新入り!急ぎでないんなら、ちょっと聞いてけや」って。新喜劇みたいなもんですか?

「そうだな。大先輩のNさんが、紀要論文、発表する日やったわ。」

「ワシントン体制と教育って。何かのまちがいやろ、さあ帰ろ!って思ったね。」

よく踏みとどまりましたね。帰る元気もなかったんですか?

「こら、失礼なこと、ぬかすな!」

「元気ハツラツやったわ。…ワシントン条約のこと、思い出しとってん。日本史の教科書に書いたった。第一次大戦後、ヴァイマール体制、ガラス細工の平和、軍事力=海軍力=大鑑巨砲主義、戦勝主要国の主力艦保有数制限=平和の枠組み…なる虚妄…。」

「革命の危機、ドイツ社会民主党左派、カール・リープクネヒト、ローザ・ルクセンブルク…云々、云々。」

なんだか、とてつもなく偏った知識ですね。

「うん、でも、思い出し始めたら、動けんようになった。やっぱり、ワシントン体制が、教育と関係してるとは思えんかった。」

ところが…。

「最後の転・結で、大どんでん返しがあってな、密接に関係するどころか、十五年戦争の起点といっても良かった。」

「驚いた。陸軍軍縮のことを知らなかった。軍部の意図を浅読みしていた。浅学を思い知った。初めて、研究したい!と思ったな。」

Sさん、受験勉強しといて、よかったですね。ワシントン条約って知らなかったら、すぐに席を立っていたでしょ。イラチなあなたのことですし(笑)。

「そうだな。若いもんにも、言いたいな。勉強、鍛えられとけと。きっといつか、役に立つと。」

Sさん、今回も、行き当たりばったりな人生でしたね。運がいいんだか、悪いんだか(笑)。

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あくまでもフィクションです。おまちがい無きよう。

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天才-春講日記(3)

「Appleは創造と先見性に満ちた天才を失いました。世界は一人のすばらしい人物を失いました。」

原文英語でありました。もう五年が経とうとしているのですか。早いものですね。

天才はその名を、スティーブ・ジョブズと申しました。

誰もが手の中にすっぽり収まるコンピューターを操作して、自在に通信する時代がやってくる…と。

Appleの同志さえも懐疑の塊となし、何度も経営会議を更迭されました。

そのたびに、やっと時代がスティーブに追いついて、招き戻されたのです。

小生ら、若い時分から、スティーブは神、三日月リンゴは無限のあこがれだったのです。

iphone for Steve(iphone4S)を見届けた頃、彼は神に召されました。

去り際まで清々しい、やはり千両役者だったのですね。

あっぱれです。

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職人-春講日記(2)

職人は、多くを語りませんが、きっちり仕事します。仕事人です。

どうみても、ぶっきらぼうで無愛想ですが、努力を惜しまず成果を上げます。

本日(2016/03/15)、朝日新聞朝刊・公立高入試特集に、職人と作った広告を載せました。最終面のど真ん中です。

文章を流せるけれども、ビジュアルが不得意な小生と、割り付けからイラストまでビジュアル・ウェルカムだけれど、流し込める文章があると助かる職人が、コラボレーションしました。

毎度、感じることです。職人は、良いですね。

誰でもできそうな仕事に、人生を切り売りして、イヤイヤ生活費を稼ぐ、そんな「賃労働者」のカケラもありません。

持つべきものは矜持、仕事には尊厳、貧乏上等、やりたいことだけ突き詰めてやる…と。

小生は職人に尊敬の念を込めて、「マイスター」と呼ぶことにしています。

本日付、朝日新聞朝刊、いちどご覧になってみてください。

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踏破-春講日記(1)

合格おめでとう!歩こう会、…明日香村を歩いてきました。

(集合)飛鳥駅→西飛鳥・牽牛子塚(けんごしづか)古墳→岩屋山古墳→猿石→平田梅山古墳→天武・持統合葬陵→定林寺跡→朝風峠→雄綱→都塚古墳→石舞台古墳→(昼食)→伝板葺宮跡→飛鳥寺→蘇我入鹿首塚→(お土産購入)→向原寺→橿原神宮駅(解散)

総距離20km、20000歩の大行軍でした。入試で落ちた体力では、少しきつかったかもしれません。しかし、目が覚めましたでしょう。

合格を克ち取ったかた、推定合格であろうかた、合格者を応援してくれたかた、とにかく歩きたいかた、総勢9名で、早春の飛鳥路を楽しく歩いてきました。

小生、ウォーカーとしての経験から、筋肉痛はきっちり48時間後に襲ってくると断言できます。足腰痛くなってきたら、お風呂でもみほぐしてください。

たいがいこれで治ります。

今日から春講一ヶ月、みなさんと共に学ぶ日々を、楽しみにしています。

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