秋の「歩こう会」、ささやかなご報告

台風18号が日本列島に接近!まさに風雲急を告げる9月15日(日)、「台風くん、ちょっと待っといてな」とばかりに、秋の「歩こう会」、敢行いたしました。

まるで「夏、真っ盛りかいな?」というほどにカンカン照り…が、いつもの「歩こう会」ですね。せいぜい多少の雨がシトシト程度で、台風が来るなんて初めての経験でした。驚きました。

しかし今回初登場の手作り「てくてくマップ」を携え、歩こうオーラ150%の猛者たちが、今回も大挙集結いたしました。新大宮駅→盾列古墳群東群→平城宮蹟→古墳群西群→西大寺駅…と、断固歩きとおした皆さん、おつかれさまでした。

今回台風に阻まれて欠席だったみなさん、次回こそは思う存分歩きましょう。お待ちいたしております。

学園前教室長・杉浦

大阪通信 Vol.15 配布開始しました -ちょっと立ち読みしてみましょう-

大阪通信 Vol.15 配布開始しました。夏講以後、再開実質第1号となります。

杉浦先生、どんなこと書いてはるんでしょうか?ちょっと立ち読みしてみましょう。

「秋風が吹き、いわし雲が見え、朝晩が涼しくなり、セミの鳴き声が止み…皆様、いかがお過ごしでしょうか。大阪通信、いよいよ今号から本格的に復刊します。

秋の話題に戻りましょうか。やはりサンマでしょうか。いや、サツマイモ?小生は、山盛りの秋ミョウガと、ダシ醤油と、ドンブリ飯があれば大いに幸せな類の人ですので、特に「秋の味覚」派ではありません。

では何をもって秋を感じるのか?、自分ながら少々不審に思っていたのですが、50歳を目前にしてなんとなくわかってきました。キーワードは、「トンボ」だったようです。舒明天皇(と言いましても、なじみが薄いかもしれませんが、中大兄皇子・大海人皇子のお父さんです)の長歌を万葉集から引きます。

大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は かまめ立ち立つ うまし国そ あきづ島 大和の国は」

食欲の秋かと思いきや、さにあらず。このあとこのエッセイは、どうなっていくのでしょうか。

大阪通信 Vol.15、石川数学塾大阪・学園前教室にて好評配布中です。ご自由にお持ちください。

なお、中入倉庫に大阪通信のバックナンバーが揃っています。今年度の合宿アルバムも、Coming Soon! です。ご期待ください。

学園前教室長・杉浦

ナタとカミソリ-「叱る」ことの難しさ

昔話、失礼いたします。

「杉浦さん、生徒叱る時はなぁ、カミソリしたらあかんで。スパスパ切って、血ぃドバドバ出て、そのまま一丁上がりになってまう。叱るんは、正しく生かすためやろ。沈めるためと、違うやろ。…カミソリ、やめなはれ。…叱るな!言うとるんとチャイまっせ。ココぞ言う時、ザックリいきなはれ。そやなあ、例えるんなら、ナタやね。ナタで十分。ザックリわからせて、しっかり生かすんやで。…カミソリ、あかん。ナタになりなはれ。」

こんなふうに、熱心に小生に説いてくれた同僚がおりました。

「叱る」ことの大切さと難しさを、この同僚からたくさん学びました。

もちろんいつの時代にも、叱って楽しい指導者も、叱られてうれしい生徒もいませんね。

それでも生徒を叱らざるを得ない状況に陥った時、カラっと激しく生徒を導けたか、そのことを必ず反省します。

カミソリではなく、ナタになれたのか?自問自答の日々が続きます。

学園前教室長・杉浦

夏講授業の実況中継(その4)

「夏講大好き男」の杉浦先生、何やら猛烈に感動しております。

「600時間達成、ようやった!感動した!えらい!」。…中入部屋の希望者全員が取り組む「600時間学習シート」、たった3秒よそ見しただけで1マス=勉強1時間分を塗れません。1マス塗っては3分休憩、黙々とこなす勉強を、強靭な精神力と恐るべき忍耐力が支えます。

「7週間、ワシの真横で頑張った!つらくて、しんどくて、恐ろしかったやろ!よう耐えた!えらい!」…合宿含めて7週間、9時から21時まで(合宿では6時から23時まで)、ずっと私の横で勉強し続けたスーパーマンへ。もはや、恐れるものは何もありません。

そして「こんなオッサンにつき合っていただいた生徒の皆さん、卒業生スタッフ、お父様、お母様、ご家族様、心の底から、ありがとうございました」…甚だ僭越ながら、「入試合格」こそが画竜点睛!「その日」を目指して、精進あるのみ。

来年の夏には、小生50歳の大台に突入します。しかし、「まだまだ、やりたいことがある」。終わりなき挑戦の旅が続きます。

学園前教室長・杉浦

夏講授業の実況中継(その3)

3回目になりました。中入部屋レポートです。

連日激しく勉強していますと、スヤスヤとまではいかないまでも、ウツラウツラと舟をこぎだす生徒もいます。

「風邪ひくで。家帰って寝えや。」

低い声色でささやかれますと、いっきに目が覚めるようですね。

それでも夢幻(ゆめまぼろし)の皆さんには、

「椅子、取れ!」

と、檄が飛びます。「ヤバイ!」と思ったら、自主的に椅子撤去という生徒も増えてきました。

それでも睡魔に魅入られたみなさん、そそくさと机の上に正座し始めます。

寝て落下するという最悪の事態を避けるためには、「起きなしゃあない」ですね。

拷問してるわけじゃあないですから、誤解なさいませんよう。

そもそも、目の前で一生懸命できない者が、教室以外の多くのシーンで一生懸命生きてるはずがありませんよね。

「一生懸命生きるつもりがない者は、即刻去れ!」

…入塾時、最大の約束を実行しているだけなのです。厳しいですか?厳しいかもしれませんが、これが「あたりまえ」です。中入部屋は、「これがあたりまえ」と思える人たちだけに門戸を開いています。

学園前教室長・杉浦

無事に帰って参りました!

本年度も大盛況の合宿でした。皆様に感謝いたします。

8月12日(月)早朝8時、橿原神宮駅東口に結集した先発部隊25名が、明日香村を東に横切り、一路飛鳥寺研修会館を目指します。

ギンギラギンの太陽に、いやがおうでも刮目し、一汗かいて良い頃合いに、決戦の地・研修会館着です。

さっと教室メーキングしたら、授業はいつものishikawaスタイル、スケジュールノートのマス目を埋めた履修予定が、どんどん消されていきます。

先生は最前列に踏ん張って、いつも通りの怒涛の解説、卒業生スタッフは後輩たちの身辺サポートに余念ありません。

激した頭脳を冷やしてくれるのが、おいしく楽しいお食事タイム、そして歴史的遺物の宝庫・飛鳥を巡るお散歩タイムでした。

無駄なく、ムラなく、スキなく過ごした4日間、最終日には審判官「閻魔大王」のご登場です。

今年も「先生に化けるのがうまい」閻魔さん、先生と瓜二つの風貌で、時に優しく諭し、時に激しくアジります。

恐怖と感動のルツボが生まれ、多くの生徒が再生を誓い、全員許されて、笑顔の帰宅となりました。

スタッフと反省会ののち、つかの間の休息もほどほどに、翌日早朝、山辺の道を走破する先生の姿がありました。

「目指すは、来季。我が教育の理想郷・飛鳥に、五たび夏期合宿を実現せん。知力・体力・気力をみなぎらせ、必ずや、砦の上に我等が世界を!我が怒涛の進撃に、終わり無し!」

行って参ります!

今年も、いよいよ明日から合宿です。

やりきった先に見えてくるものは、ほんの少し涼しげな秋風と「入試合格」への一本道。

共に手を携えて、闘いぬく仲間と深める連帯感、何ものにも代えがたい貴重な達成感、今年も感動の夏ステージが、あなたを待っています。

最終日レギュラーゲストの「閻魔大王」に加えて、今年は当塾・川添代表、中土井・上本町教室長が陣中見舞いにお越しいただける予定、さらに一年間の見習い講師を経て、ついに卒業生が先生デビュー…と、盛りだくさんのサプライズ。

燃え上がる想いが、真夏の明日香村に完全燃焼。巨大な火柱となって、進撃しようではありませんか!

夏講授業の実況中継(その2)

中学入試の部屋(略称・中入部屋と言うのだそうです)では、今日も檄が飛んでいます。

「中学入試っちゅうんはなぁ、「勝ち残る」入試とちゃうねんで。誤解すなよ。よお出来る奴が勝ち残って、勝ち残った奴が生き残って、勝利者が決まって、はい!終了!…そんなん、ウソや。

勝負は常に時の運、勝つも負けるも、ほんの僅差じゃ。勝って嬉しいんは束の間、次も勝てると限れへん。

勝ち続けよう思うな!プレッシャーに負けるだけや。勝って嬉しいも3秒、負けて悲しいも3秒、そのあとすぐに、負けへん戦い出来る奴、なんぼ負けても、決してあきらめへん奴、最後に笑うん…そいつや。

一発屋、最低!油断野郎、同じく!そんなん、なったらあかん。勝ちたきゃなぁ。

勝った奴が勝ち残るんと違う、負けへん奴が生き残る、およそ入試は、そおいうもんや。

目先の勝ち負けにこだわるな!何ぼ負けても這い上がる奴、そいつが最終勝利者じゃ!」

夏講授業の実況中継(その1)

「勉強がつらいから、勉強から逃げたい」と、正直に吐露した生徒が、杉浦先生に諭されております。

「なんで人々は、勉強できると偉い…と言うのやろ? それはなぁ、つらいことに耐えたからやで。 勉強って不思議なもんで、たまに好きやからやってる人がいる。 希少動物やけどな。 世の中の大多数の人々は、勉強、嫌いやねん。 何才になっても勉強してんの、学者だけやろ。 早い、遅いの違いがあっても、たいがい、皆、勉強せんくなる。 ほんまは嫌いやったからやね。 好きな奴がうらやましいって? それは違うで。 誰でも、好きなことは、言われんでもする。 結果、できるようになる。 けど、偉いと思われること、少ないな。 パチンコ好きやったから、パチプロになりました…って、偉いか(笑)? 偉くないやろ。 嫌いなことも、我慢できる奴が、偉い奴。 我慢比べやな。 世の中、そうなっとる。」

「だからこそ、逃げたらあかん。 苦しめぃ! 思う存分、苦しめぃ! 苦しんだ分、君は偉くなんのや。 どうや? 逃げるの、愚かなことやろ。 やめとけ。 勉強できんと、できへん仕事、この世にたくさんあるな。 他人に深く関わる仕事に多い。 医者? 典型例やね。 あなたは体が痛くて苦しい、しかし、私は痛くない、だから、私にはあなたの苦しみがわからない…そんなん言う医者、いるか? おらんやろ。 他人の苦しみ、わかってこそ、他人と関わる仕事、できんねん。 苦しみいうんはな、苦しんだもんにしか、わからんのや。」

「わかったか? 耐えることは、偉いこと。 苦しむことは、崇高なこと。 勉強、嫌いで良かったな。 好きやったら、きっと、わからんかったで。 逃げるな! 偉くなりたきゃ、絶対逃げるな! 賢いから、わかるよな。」

大阪通信 Vol.13 配布開始しました -全文公開します-

大阪通信 Vol.13、夏期講習前最終号、配布開始しました。

今号は、全文公開します。「全文読んだのは、初めて」という皆さん、あまりのヲタクぶりに、後ろ向きダッシュで逃げないでくださいね(笑)。

「前号で予告しましたとおり、6月30日(日)のテクテク日記「近つ飛鳥訪問記」を掲載いたします。

「なんや、また、飛鳥かいな?」とご失望の皆さん、今回は大阪府の飛鳥です。「飛鳥は奈良県やろ?」。いえいえ、大阪にも「飛鳥」があるのです。

はるか万葉の昔から、難波津からの距離を測って、近い飛鳥と遠い飛鳥があったのです。それぞれ「近つ飛鳥」、「遠つ飛鳥」と申します。「遠つ飛鳥」が奈良の明日香村、「近つ飛鳥」が今回訪問しました南河内のあたりです。難波津から竹内(たけのうち)街道を通って「遠つ飛鳥」に至るとき、竹内峠を越えるべく二上山南麓に向かう直前が「近つ飛鳥」ですね。

今回は近鉄南大阪線・上ノ太子(かみのたいし)駅から磯長谷(しながだに)を延々と歩いて行って来ました。ガイドブックによると、10時間コースだそうです(驚き)。

まずは源義家で有名な河内源氏の本拠地を散策、「何よりも古墳」派の私は、先を急ぎます。磯長谷には、欽明大王の子供たち、敏達、用明、推古や、用明の息子・厩戸(うまやど)皇子の奥津城があります。敏達陵だけが前方後円墳、他は巨大な方墳ですね。

もともと古代の磯長谷は蘇我氏の本貫地だったそうで、遠つ飛鳥が蘇我・物部戦争の勝者である蘇我氏の都となったあとに、蘇我系の天皇の改葬地になったようです。用明陵からしばらく、天武系皇統が始まるまで、前方後円墳が消滅し巨大方墳の時代が始まります。(ちなみに天武系は八角墳を造ります。)

推古陵が丸ごと見えるビュースポットがありました。太子町立・竹内街道歴史資料館からしばらく歩いたところです。遠くから見ても、デカイです。近くから見ると、やはりデカかったです。遠つ飛鳥の蘇我馬子墓・石舞台古墳は、これよりもデカかったそうで、前方後円墳のように墳丘を盛り上げなくて良くなったぶん、面積で勝負かな…と思いました。

そうこう歩いている間に、近つ飛鳥博物館と隣接する風土記の丘へ。6月30日までの特別展「百舌鳥・古市古墳群、出現前夜」へ。5世紀、突如として出現するかに見える河内の巨大古墳、誉田山古墳(応神陵)を盟主とする古市古墳群と大仙古墳(仁徳陵)を盟主とする百舌鳥古墳群、4世紀以前の前史はいかに?

驚きました。と言いますか、自らの不勉強を恥じました。4世紀の河内は、造られた古墳を見る限り、三輪山麓や佐紀盾列の初期ヤマト王権の陵墓と深い関係、いや深いどころか、ほとんど相似形にあったんですね。祭祀王権といった雰囲気の強い初期ヤマト王権ですが、河内でもソノマンマだったのです。

…となりますと、5世紀ヤマト王権に文献史学の側から与えられたさまざまな冠、たとえば直木孝次郎先生の「河内王権」、江上波夫先生の「騎馬民族王朝」など…が、かなり苦しくなってきます。これらは、5世紀の河内に、初期ヤマト王権(=祭祀王権)とは隔絶された、巨大前方後円墳を営む勢力が突然に登場してくることを前提としていますから。

むしろ文献史学とは逆に、考古学の成果が示すものは、河内においてもヤマト盆地と同様に段階的に発展する王権の姿であり、「突然性」の否定以外の何ものでもないのですね。

それでは記紀に記される神功皇后の筑紫(~新羅)遠征、仲哀大王の横死、胎中天皇たる応神大王の登場、そのヤマト入りを拒否する香坂王、押熊王の謀反…というドラマは、何を語ろうとしているのでしょうか。

もしかすると、5世紀に至るまでに徐々に我が邦の生産力を高めていった諸条件、たとえば自前の鉄生産が可能になっていくとか、馬を飼いならすことができるようになっていくとか、総じて武具と馬具が進化していくとか、そんな段階的発展過程をセンセーショナルに脚色しすぎたのではないか、そんなことを考えてしまいました。

しかしながら、4世紀の後半を期して三輪王権が衰退し、佐紀・馬見勢力が台頭してくること、葛城山・金剛山を奈良側と大阪側に挟んで葛城氏と古市・百舌鳥王権ともう言うべき勢力が覇権を示すこと、これらも考古学が実証してきた事実ですから、無碍に否定するわけにはいきませんね。

…と、場所柄もわきまえず頭を抱えて座り込んでいる私を、妻が常設展示室に連れて行ってくれました。そこには大仙古墳のミニチュアと、それを造営する土師集団、宴を催す大王、祈りを捧げる祭祀者、なんとステキな世界でしょう。驚くべきことに天井には360度の広角カメラと手元操作のズームスイッチが…。玄関を一歩出ると、40あまりの見学可能な石室と200あまりの横穴石室が…。

「蘇我馬子に謀殺された崇峻大王は、ここに眠らせてもらえなかったんだよね。桜井忍坂の赤坂天王山古墳に眠ってる。逆に中大兄に嫌われた孝徳天皇は、ここ、蘇我の本貫地に眠らされているんだよね。多くの古墳と博物館に囲まれて幸せすぎる私は、なぜか、人にとって幸せって何なんだろう…と考えてしまうね」。この独り言を妻が聞いていたかどうか、私にはわかりませんでした。

さて、いよいよ夏休みですね。こんどは皆さんの幸せ(=入試合格)のために、私が頑張る番です。夏休み明け発行の大阪通信Vol.14では、夏休み、たくさんの幸せを感じていただいたご報告をさし上げたいです。みなさんといっしょに、がんばります!」