闘-夏講日記(その1)

時は幕末、尊皇攘夷を国是とし、激動の政局を常にリードしてきた長州藩が、8月18日の政変で都を追われるという事件が起きました。

禁裏においては、三条実美など勤皇公卿が排除され、長州藩に落ちました。長州藩はこの失地を回復すべく、武力をもって京に上ります。

禁裏守護職・一橋慶喜と、薩摩・会津など公武合体系諸藩は、これを排除すべく守りを固めます。主戦派であった長州藩家老・来島又兵衛と国司信濃が嵯峨天龍寺に陣取り、福原越後が伏見の長州屋敷に、吉田松陰先生の妹婿であった久坂玄瑞は、久留米の神官であった真木和泉とともに山崎天王山に着陣しました。

長州軍は禁裏各門を実力突破すべく奮戦しましたが、天運利あらず、久坂玄瑞が戦死し、来島らが帰国し、真木は天王山に追い詰められて自爆します。

「大山の 峯の岩根に 埋にけり わが年月の 大和魂」

真木の辞世でありました。真木の憂国の至情は、天王山にしっかり埋められたことでしょう。

尊皇攘夷たるや、勉学たるやを問わずとも、およそ闘いに出撃する者、この覚悟をもって進撃したいものです。

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