冬講日記、書いてます

こんにちは。学園前教室の杉浦です。

今年も冬講日記、書き続けています。

卒業生のお父様を見習って、ボチボチ書かせていただいております。

ご覧になってみてください。

http://blog.livedoor.jp/ishikawasugakujuku/archives/cat_910297.html

冬講第二週の記事です。

ごんじゅごんじゅ-冬講日記(7)
教師の資質-冬講日記(8)
闘争-冬講日記(9)
造反有理-冬講日記(10)
申込み-冬講日記(11)
書けん!-冬講日記(12)

石川数学塾大阪
学園前教室長・杉浦

書けん!-冬講日記(12)

先生、なんでもかんでも書かはるから、きっと「書けない」ことなんてないんでしょうね。

皆さんこのようにおっしゃっていただきます。

何をおっしゃるうさぎさん、書けずに困っている小生は、まるで東大寺南大門の仁王像のよう…らしいです。

鏡を見て確認したわけではありませんから、真偽のほどは定かではありませんが…。

書きだすと昼夜を忘れて書いています。再び書けるきっかけは、意外に単純なことです。

書けなくなると、遠くの三笠山を見たり、山の向こうの大和田原の物品販売所(よくいきます)に思いを馳せたり、更にその向こうの山添村のブランポート(これもよくいきます)に行きたいと思ったり、ついでに布目湖の周りを散策したいと願ったり…という一切合切をやめます。

それらとは逆に、そろそろ補充しないといけない珈琲豆を豆蔵さん(法蓮町・歩いて十分)に買いに行ったり、これまたそろそろ補充しないといけないトイレットペーパーをJoshinマザーピアさん(同・歩いて12分)に買いに行ったり、その時ついでに洗濯漕クリーナーを買ってこなくては…などと、身近なことに精を出します。

不思議なものですね。

コーヒー談義を楽しくしたり、雨の日割引券をゲットして、週間予報で次の雨天日を確認したり、雨天日を避けて洗濯漕クリーナーを使う予定を立てたり、…そんなことをしている間に、再びキーボードを打ち始めます。

「書くのが苦手」なみなさんへ。己の足元を見つめながら書き始めると、意外に筆が進みますよ。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

申込み-冬講日記(11)

講習は強制受講ではありませんから、通常授業とは勝手が違う「申込み」を、みなさん別途なさいます。

ご本人がお持ちいただくとき、多くの皆さんが、多少躊躇しながら提出します。

「先生…、あのぉ…、これぇ…」

小生の元気いっぱいの声に、みなさんビクッとなさいます。

「よっしゃ、がんばろぉな!…領収書切るから、ちょっと待ってね」

この瞬間を迎えるまでに、ご家庭ではきっと何度も家族会議が開催され、議論を重ねられたことでしょう。

「やれいぃ!」とか、「がんばれぃ!」とか、生徒たちが叱咤激励されたことでしょう。

「こんなに勉強したら、死んでしまうかもしれない(-_-;)」とか、「もしかすると、やればできるのかもしれない(^_^)」とか、さまざまな思いが輻輳したことでしょう。

そんなこんな、すべての思いが、破顔一笑、解決される瞬間が好きです。

出来うる限り大げさに、ためらいがちに差し出された封筒をいただくよう、小生肝に銘じております。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦

申込み-冬講日記(11)

講習は強制受講ではありませんから、通常授業とは勝手が違う「申込み」を、みなさん別途なさいます。

ご本人がお持ちいただくとき、多くの皆さんが、多少躊躇しながら提出します。

「先生…、あのぉ…、これぇ…」

小生の元気いっぱいの声に、みなさんビクッとなさいます。

「よっしゃ、がんばろぉな!…領収書切るから、ちょっと待ってね」

この瞬間を迎えるまでに、ご家庭ではきっと何度も家族会議が開催され、議論を重ねられたことでしょう。

「やれいぃ!」とか、「がんばれぃ!」とか、生徒たちが叱咤激励されたことでしょう。

「こんなに勉強したら、死んでしまうかもしれない(-_-;)」とか、「もしかすると、やればできるのかもしれない(^_^)」とか、さまざまな思いが輻輳したことでしょう。

そんなこんな、すべての思いが、破顔一笑、解決される瞬間が好きです。

出来うる限り大げさに、ためらいがちに差し出された封筒をいただくよう、小生肝に銘じております。

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学園前教室・杉浦

造反有理-冬講日記(10)

造反有理、「ぞうはんゆうり」と読みます。全共闘運動華やかりし頃、バリケードストライキ真っ最中の京大時計台本部・正門に、きれいにレタリングされていました。

赤、白、青のヘルメットが、バリケードの内側から、ニョキニョキ生えていたものです。

ところがある日突然に、普段バリケード外に排除されている黄色いヘルメットの皆さんが、ニョキッと生えたことがあります。

京大名物「逆バリケード」です。黄色いヘルメットの皆さんは、ゲバ棒(「ゲバルト棒」です)を称して「民主化棒」と呼ばれる皆さんでしたので、きっとお上品なバリケードを築かれたことと推察奉りますが、…はい、結果はご想像にお任せいたします。

ともあれ籠城すると、誰もが変身してしまうのでしょうか。

いつのまにか「逆バリ(「逆バリケード」です)死守」と雄たけびを上げ始めた皆さんに、「造反有理」が渋く光っておりました。

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造反有理-冬講日記(10)

造反有理、「ぞうはんゆうり」と読みます。全共闘運動華やかりし頃、バリケードストライキ真っ最中の京大時計台本部・正門に、きれいにレタリングされていました。

赤、白、青のヘルメットが、バリケードの内側から、ニョキニョキ生えていたものです。

ところがある日突然に、普段バリケード外に排除されている黄色いヘルメットの皆さんが、ニョキッと生えたことがあります。

京大名物「逆バリケード」です。黄色いヘルメットの皆さんは、ゲバ棒(「ゲバルト棒」です)を称して「民主化棒」と呼ばれる皆さんでしたので、きっとお上品なバリケードを築かれたことと推察奉りますが、…はい、結果はご想像にお任せいたします。

ともあれ籠城すると、誰もが変身してしまうのでしょうか。

いつのまにか「逆バリ(「逆バリケード」です)死守」と雄たけびを上げ始めた皆さんに、「造反有理」が渋く光っておりました。

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学園前教室・杉浦

闘争-冬講日記(9)

フォークグループ「マイ・ペース」に、名曲「東京」があります。

東京へはもう何度も 行きましたね
君の住む 美し都

東京へはもう何度も 行きましたね
君が咲く 花の都

サビを聞いて10分間くらい沈黙してから、「あああぁ~、あれか!」と、思い当たる方もいらっしゃるでしょう。

「東京」が「闘争」に、替え歌が流行った時代がありました。

押しくらまんじゅうよりも温かい…と、意味不明な理由でデモに出撃していた仲間がいました。「機動隊も使いよう」だと(笑)。

我々は 闘うぞ 最後の 最後まで 闘うぞ
我々は 勝利するぞ 闘うぞ 闘うぞ 勝利するぞ 闘うぞ

これだけ言い残して、デモるのが仁義でした。流れるように叫ぶのも、歳をとると難しいです。

何をするのか?→「闘う」…
誰がするのか?→「我々」が…
いつまでするのか?→「最後まで」…
どうなるのか?→「勝利する」…

なるほどコンパクトにまとまっていますね。しかし致命的な欠落が…。

何のために「闘う」のか、わかりません。敢えて書かれてないのなら、「闘う」ことが目的なのでしょう。

永遠に闘い続けるなんて、すばらしい…と思ったのは、きっと若かりし頃の幻だったにちがいありません。

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闘争-冬講日記(9)

フォークグループ「マイ・ペース」に、名曲「東京」があります。

東京へはもう何度も 行きましたね
君の住む 美し都

東京へはもう何度も 行きましたね
君が咲く 花の都

サビを聞いて10分間くらい沈黙してから、「あああぁ~、あれか!」と、思い当たる方もいらっしゃるでしょう。

「東京」が「闘争」に、替え歌が流行った時代がありました。

押しくらまんじゅうよりも温かい…と、意味不明な理由でデモに出撃していた仲間がいました。「機動隊も使いよう」だと(笑)。

我々は 闘うぞ 最後の 最後まで 闘うぞ
我々は 勝利するぞ 闘うぞ 闘うぞ 勝利するぞ 闘うぞ

これだけ言い残して、デモるのが仁義でした。流れるように叫ぶのも、歳をとると難しいです。

何をするのか?→「闘う」…
誰がするのか?→「我々」が…
いつまでするのか?→「最後まで」…
どうなるのか?→「勝利する」…

なるほどコンパクトにまとまっていますね。しかし致命的な欠落が…。

何のために「闘う」のか、わかりません。敢えて書かれてないのなら、「闘う」ことが目的なのでしょう。

永遠に闘い続けるなんて、すばらしい…と思ったのは、きっと若かりし頃の幻だったにちがいありません。

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教師の資質-冬講日記(8)

100年以上も前の話です。この国が大日本帝国だったころ、臣民(国民)が憲法(大日本帝国憲法)を賜りました。

憲法発布式典、まさに当日の朝、出立を急ぐ刹那、初代文部大臣・森有礼(もりありのり・語呂合わせにて「もり(森)のゆうれい(幽霊)」)が刺殺されました。思想信条を誤解されてのことだったそうです。

薩摩の尊攘(尊皇攘夷)ボーイだった有礼が、開明派ぞろいの明六社でも群を抜いた開明派となり、約二十年にわたって最先頭を走ってきた…そんなふうに記憶しております。

有礼の高名な訓示に、教師の資質を説いたものがあります。

その一。教師は「順良」(じゅんりょう)たれ。上司にしっかり従え、ということです。

その二。教師は「信愛」(しんあい)をもて。同僚どうし仲良くしろ、ということです。

その三。教師は「威重」(いちょう)をもて。生徒に軽く見られるな、ということです。

ひとそろえ「順良、信愛、威重」と申します。

大正生まれとか、昭和戦前派、闇市世代の皆さんは、明治は遠くなりにけり…、はい、懐かしいそうです。

こんな先生、あんまりいなくなっちまったよな…と。

小生なんぞ、戦後軽口世代だったものですから、教師もしょせん木端官僚、上にへつらい、仲間と群れ、下にはとっても居丈高…と皮肉ったものです。

不思議な魔力を持った言葉です。どの世代からもひとこと刺されるのは、不完全だからでしょう。

しかしながら、どの世代も気になるから、ついついいじってしまいます。

そのことは、とりもなおさず、この言葉の普遍性なり、高邁な真理であることなり、その本質を示唆するものでもありましょう。

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学園前教室・杉浦

ごんじゅごんじゅ-冬講日記(7)

寒くなってきました。ボタッと重ね着してしまいます。

エリが曲がっていたり、すそがビロビロ出ていたり、右と左の靴下が違っていたり…と、この程度は、生来意に介さない性分でしたので、しばしばおふくろに叱られました。

「そんな格好してると、ごんじゅごんじゅになるよ!」

生まれて五十年以上たった今でも、この言葉に深い謎を感じます。

おふくろに何度となく聞いてみたら、あらかたこんなことがわかりました。

「ごんじゅごんじゅ」という生き物は、おふくろが生まれ育った奥三河の実家付近、ごくごく狭いコミュニティでのみ認識を共有されていたもので、恐ろしくみすぼらしいものだったそうです。

毎日の生活にメリハリが効いていないと、人は容易に「ごんじゅごんじゅ」に堕ち、努力如何によっては、再び「ごんじゅごんじゅ」を脱することができるのだそうです。

なによりもこの生態を知る人々が、高齢化著しく、もはやまともに伝承されているとは考えづらく、ほとんどおふくろの空想生物になり果てつつあるようです。

ですから、おさなごころにも「ごんじゅごんじゅ」を恐れて、市井を丹念に見渡し、もしや今すれ違った人が、実は「ごんじゅごんじゅ」ではあるまいか?…などと、猜疑心無限大に居住まいを正していた幼い頃が懐かしいです。

大人になってみてわかったこと。

「ごんじゅごんじゅ」は自堕落の別称でした。誰の心にも住んでいて、ある日突然出現しますから、死ぬまで注意怠りなく生きていこうと思います。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦