造る喜び-春講日記(10)

日々、造っております。

全世界的規模で、破壊活動かまびすしい昨今、時流に反しております。

小さなものから、大きなものまで、差別も区別もなく、造っております。

ところで、必要なものが目の前に無いとき、人はどうするのでしょうか。

1)自分で造る

2)誰かに造らせる、あるいは誰かが造ったものを持ってくる

3)あきらめる

つべこべ言わんと、自分で造るんが速い…、小生、そう思う類です。

教材が無ければ、自分で造ります。

カリキュラムが無くても、造出します。

解説ノートも自分で造ります。

理想の勉強生活も、自分で造り出します。

お仕事だけではありません。

てくてくコースを微妙に変えて、気になる古墳も微妙に変わって、不変でないからおもしろいです。

そういえば4世紀末以降、前方後円墳にも「造出」(つくりだし)が備わります。

墳墓としての後円部と、祭祀エリアとしての前方部が、機能区画を分けて成立した前方後円墳。

いつしか前方部にも埋葬施設を備えはじめ、祭祀はくびれ部にはみ出した造出で行うようになりました。

盾列古墳群のウワナベ古墳(陵墓参考地)は、5世紀半ばの巨大前方後円墳ですが、周濠水位が低下した時に、まるで白砂を敷きつめような造出が見えてきます。

葺石を葺かれた墳丘とは、まるで違う空間です。

古代、古墳造営を担った土師たちも、造る喜びを、きっと満身に感じていたことでしょう。

石川数学塾大阪
学園前教室・杉浦