不定期冬講日記(その37)

毎日曜日ごとに体力増強行軍、昨日は明日香村から少しだけ桜井市に入ったところの山田寺跡に行ってきました。

明日香村のど真ん中、野口の交差点にZを停めてウロウロしていましたら、停電に出くわしました。

関西電力管掌の不具合で、野口のあたりだけ停電したそうです。信号が消え、公民館の成人式が一時中断し、緊急車両がけたたましく走り…騒然としておりました。

復旧を見届けて明日香奥山から山田へ、わざわざ甘樫の丘を上り下りしたりしながら往復14kmくらいでしょうか。

乙巳の変にて蘇我本宗家に敵対した右大臣・蘇我倉山田石川麻呂が発願した寺です。

かなり猜疑心の強い中大兄皇子に疑われ、寺を枕に自害に追い込まれましたのは、乙巳の変から数年のちです。

中大兄にしては珍しく自らの誤りを認め、石川麻呂の鎮魂をかねて、寺は造りつむがれました。

いつしか田畑に変じましたが、寺域明瞭に残り、塔土壇、金堂土壇、それらを取り囲む回廊・中門礎石(一部)が復元され、史跡公園になっています。

回廊の一部が非常に良好な状態で掘り出され、保存処理されたのち、近くの飛鳥資料館に復元されています。

小生長いこと、みごとに残ったものだと感心していましたが、昨日寺跡を訪問し「なるほど!」とうなづきました。

ヤマト盆地東方の山々から湧水あり、これに浸かって木簡と同じ要領で残ったのですね。

にわか雨には祟られましたが、しっかり体力つけて参りました昨日です。

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