師匠の思い出(その7)

ある日の深夜、先輩研究者のもとに一本の電話がかかってきました。

「Yか?おまえ、プロレスのことどう思う?」

「あれはスポーツではないと思います。エンターテイメント・ショウです」

「聞き捨てならんな」

「何かお気にさわりましたか?」

「血ぃ、流しとるやないかぁ!」

「台本通りでしょうね」

「痛そうやないかぁ!」

「商売のうちでしょう」

「おまえ、生き方が間違っとる。破門じゃあ!」

電話がガチャリと切れました。

先輩研究者Yさんは、いったい何が起きたのか、しばらく把握できずに困ったそうです。

事態が把握できたら、今度は師匠の尋常ならざる怒りが、己に降りかかってきたことに困ったそうです。

困っていてもどうしようもないと気づいたYさんは、比叡山の中腹までタクシーを飛ばして師匠に謝りにいかれたそうです。

「例えショウでも、台本通りでも、商売でも、流血したら痛い、辛いに決まっとる。多少の論文が書けるコザカシイ研究者である前に、人の痛みが分かる人間であれ」

師匠は、Yさんに諭されたそうです。

小生今日まで、論文執筆マシンのような研究者に、たくさんお目にかかりました。師匠が最も忌避する人種でした。

師匠の理想は、人間らしくある、まさに血のかよった学問だったのではないでしょうか。

(続く…)

学園前教室・杉浦